会議通訳の世界

小宮山紗良 (Komiyama Sara)

会議通訳とは?

会議通訳とは、主に国際会議や学会等で活躍する通訳のことである。通常、会議場に設置されたブースの中で働き、マイクを通して通訳をする。会議の出席者は専用のイヤホンを通じて通訳を聞きながら議論に参加する。会議通訳は、首脳級会談や多国籍企業の会議で働くこともあり、訳し間違えが国際問題に発展する可能性もあるため、常に重い責任を背負って働いている。会議通訳は国際会議を支える要であるが、表舞台に出ることがあまりないため、その存在や役割は広く認知されていない。本稿では、会議通訳に必要なスキル、母国語の大切さ、会議通訳の醍醐味について論じる。

必要なスキル

まず、会議通訳に必要な能力は、高度な言語応用能力である。一般的に、会議通訳は三か国語を駆使することが求められ、多くの者は、A言語・B言語・C言語の組み合わせで仕事を受けることが多い。A言語とは、通訳の母国語であり、聴解・口頭ともに完璧である必要がある。B言語とは、第一外国語であり、聴解はネイティブレベル、口頭はそれに近いレベルであることが求められる。C言語とは、第二外国語であり、聴解・口頭ともにネイティブレベルに近くなければならないが、通訳は他の言語からC言語に通訳することはない[1]。また、会議通訳の中には、A・B言語のみで活躍する者もいるが、この場合は両言語とも母国語レベルでなければならない。会議通訳は、このような明確なルールを守ったうえで、通訳における使用言語を選ぶ。

次に、社会・経済や時事問題など、最新の国際情勢に関する知識である。国際会議では、頻繁に時事に関する話題が取り上げられる。一方、昨今の商業活動のグローバル化の流れもあり、企業間での商談においても、地政学や政治情勢に関する問題が取り上げられる事が多い。一見、通訳にはあまり関係なさそうにも見えるが、時事に関する知識の有無で通訳の質に雲泥の差が出る。例えば、従来ウクライナの首都は、ロシア語の呼称である「キエフ」と呼ばれていた。しかし、2022年にロシアがウクライナに軍事侵攻した際、外務省によりウクライナ語の呼称である「キーウ」に変更された[2]。もし、国際会議で通訳をする際、このような呼称変更が行われたことを知らない場合、聴衆やメディアに混乱をもたらす可能性がある。このような場合には、政治的な問題が絡むからだ。政治・経済は常に変動がある分野であるため、誤訳によるリスクを減らすためには、日ごろからニュースや新聞に目を通す必要がある。

そして、会議通訳は主に二種類の通訳技術を身に着けている。一つ目は、逐次通訳の技術である。逐次通訳とは、話者の話を区切りながら通訳する技術である。逐次通訳をこなすためには、話の内容の重要なポイントを一定時間記憶しておく必要がある。そのため、話の要点を瞬時に捉えることや、短期記憶の能力を鍛えることが求められる。二つ目は、同時通訳の技術である。同時通訳とは、話者の話と並行して通訳する技術である。同時通訳をこなすには、高い集中力や分析力、話の流れや先を理解・予測する能力が必須である。近年、同時通訳は国際会議のみならず、民間企業間の会議においても使用されており、今後も需要は伸び続けると予想されている。

したがって、会議通訳には、①高度な言語運用能力、②時事に関する豊富な知識、③逐次・同時通訳の能力が必要である。

母国語の大切さ

前章では、会議通訳には高度な言語運用能力が必要だと述べたが、母国語のレベルの向上は見落とされがちである。本章では、なぜ会議通訳にとって母国語が重要であるのかを検討する。

会議通訳は、特に同時通訳を行う際、B・C言語からA言語に訳すことが多い。この傾向は特にヨーロッパで顕著に見られ、欧州委員会においても、「会議通訳にとって一番重要なスキルは母国語である」と規定されている[3]。実際、通訳はただ言語の交換を行っているのではなく、話者の経歴や会議のシチュエーションを考慮したうえで通訳している。例えば、ある国の要人が国際会議に出席する場面と、民間企業の社内会議の場面とでは、使用する単語や表現が全く異なる。通訳で一番重要なのは、聞き手が容易に内容を理解できるように表現することである。たとえ訳した言葉が文法的に合っていたとしても、聞き手の議題に対する知識のレベルや、その場の状況に合った表現でないと正しく伝わらない。聞き手に正確に情報を伝えるためには、豊富な語彙力や表現力が必要である。「その場にあった言葉」を選ぶためにも、母国語を鍛えることは必須であると言える。

また、母国語の能力を磨くことは、外国語のレベルの向上にも繋がっている。人は何か新しいものに遭遇したとき、基本的には母国語を意識的・無意識的に介して理解する。幼少時より、母国語を介して物事を認識してきたからだ。反対に、外国語で何か新しいものを学んだ際は、母国語を通すことでさらに理解を深めることができる。そのため、母国語の基盤を強固なものにすることで、おのずと外国語での理解や表現力も上がっていくのである。

母国語と外国語の関係については、日本において著名な会議通訳である、米原万里氏の著書の中でも触れられている。米原氏は日本で出生し、幼少期を在チェコスロバキア ソビエト大使館付属学校で過ごした後、東京外国語大学外国語学部ロシア語学科を経て、ロシア語通訳の第一線を走る会議通訳となった。彼女は自身の著書、「不実な美女か貞淑な醜女か」において、幼少期の体験を振り返りつつ、以下のように述べている。

日本語が下手な人は、外国語を身につけられるけれども、その日本語の下手さ加減よりもさらに下手にしか身につかない。〔中略〕通訳にとってもう一つの商売道具である、外国語の力もまた母語の能力に左右されるということだ[4]

母国語は、思考に密接に結びついている。母国語の基盤が脆弱である場合、思考力も影響を受け、外国語のレベルはさらに低くなってしまうのである。したがって、聞き手やその場のシチュエーションに合った通訳をするため、そして、外国語の運用能力を上げるためにも、母国語のレベルを常に向上させることが肝要である。会議通訳にとって、外国語の運用能力だけでなく、豊かな母国語の表現力もまた、重要な商売道具だと言えるだろう。

会議通訳の醍醐味

会議通訳は、参加者の多い国際会議や、大企業の株主総会などで仕事をする機会が多々あるため、常にストレスにさらされている。しかし、会議通訳にはほかの職業にはない魅力がある。

まず、自身の外国語運用能力を遺憾なく発揮できる点である。語学学習を好む人は多いが、全員が実際に語学力を活かした仕事をしているわけではない。専門の言語を使用して仕事ができるだけでなく、仕事を通して新たな単語や表現を学ぶことができる点も魅力的だと言えるだろう。例えば、ビジネス通訳では、金融用語や会計用語を学べるし、芸術分野での通訳では、映画や舞台芸術に関する表現を学ぶことができる。新しく学んだ単語や表現は、次の仕事に活かせるだけでなく、新たな趣味を見つけたり、より深く芸術作品を楽しむのに役立てることができる。

次に、様々な業界の最新情報に触れることができる点だ。一般的に、商談や国際会議などでは、最新の商品や技術について議論が行われる。それまで知らなかった概念や、未知の分野に遭遇することは、知的好奇心の強い人にとっては興味深いことだろう。また、仕事を通して、歴史的な事件や出来事を目の当たりにすることもある。例えば、前章で紹介した米原氏は、ソ連崩壊とともに市場経済化を目指すロシアから、日本に技術やノウハウを学びに来る技術者たちの通訳に従事した。また、「意味の理論」と呼ばれる通訳理論を提唱した会議通訳、ダニッツァ・セレスコヴィッチ氏は、欧州石炭鉄鋼共同体が設立された際、ジャン・モネ委員長の通訳を務めた[5]。これらのように、仕事を通じて世界に影響を与える出来事に遭遇することができるというメリットがある。

そして、人と人を繋げることができるのも大きな魅力である。どんなに大きな契約や協定も、通訳なしでは成立させることはできない。また、国際社会に影響を及ぼすルール作りには、必ず言葉の違う人同士のやり取りが必要である。例えば、欧州委員会では、各加盟国の公用語を母国語とする会議通訳が通訳をしている。欧州委員会で行われる会議の内容は、必ず全加盟国の公用語に訳される必要があるためである[6]。つまり、会議通訳なくして、欧州連合の法律は制定されないのである。話す言葉の違う人同士の架け橋になり、何か新しいものを作ることに貢献できる点も、会議通訳という仕事のやりがいの一つと言える。

まとめ

会議通訳には、高度な言語運用能力だけでなく、幅広い知識や教養、通訳の専門技術が必要とされる。また、外国語のレベルだけでなく、母国語の語彙力や表現力を磨くことも忘れてはならない。このように、求められる要件は多いが、仕事を通じて新たな単語や表現を学んだり、歴史的な場面で働く機会を得たり、人と人を繋ぐことができる点は非常に魅力的である。語学力を仕事に活かしたい者や、知的好奇心旺盛な者にとって、会議通訳は興味深い職業だと言えるだろう。

出典

ESIT (École supérieure d’interprètes et de traducteurs). Master : Interprétation de conférence. Université Sorbonne Nouvelle – Paris 3 – Master : Interprétation de conférence (univ-paris3.fr)

外務省. 「ウクライナの首都等の呼称の変更」https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press1_000813.html

UE. Interpréter pour l’Europe. https://europa.eu/interpretation/index_fr.html

朝日新聞. 同時通訳はつらいよ ゼレンスキー大統領の国会演説、陰に苦労あり. https://www.asahi.com/articles/ASQ3S675QQ3SULEI004.html?pn=10&unlock=1#continuehere

Wikipédia. Danica Seleskovitch. https://fr.wikipedia.org/wiki/Danica_Seleskovitch

米原万里公式サイト.プロフィール.https://www.yoneharamari.jp/profile.html

ダニツァ・セレスコヴィッチ.ベルジュロ伊藤宏美訳.会議通訳 国際会議における通訳.研究社.2009年.

米原万里.不実な美女か貞淑な醜女か.新潮社,1994年.


[1] ESIT (Ecole supérieur d’interprètes et de traducteurs). Master : Interprétation de conférence. Université Sorbonne Nouvelle – Paris 3 – Master : Interprétation de conférence (univ-paris3.fr) (参照日:2024年3月3日)

[2] 外務省. 「ウクライナの首都等の呼称の変更」https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press1_000813.html(閲覧日:2024年3月3日)

[3] Union Européenne. Que font les interprètes de conférence. Interpréter pour l’Europe (europa.eu)(閲覧日:2024年3月5日)

[4] 米原万里.不実な美女か貞淑な醜女か.新潮社,1994年, 278p.

[5] Wikipédia. Danica Seleskovitch. https://fr.wikipedia.org/wiki/Danica_Seleskovitch(閲覧日:2024年3月9日)

[6] EU. Languages Multilingualism. https://european-union.europa.eu/principles-countries-history/languages_en(閲覧日:2024年3月9日)


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